"酸素" という物質が在る。
大気中に21%ほど含まれていて、無色透明で無味無臭。直接見たり嗅いだりできない。
ほとんどの成人は身の回りに酸素が在ることを知っているだろう。
呼吸ができるのも火が燃えるのも酸素が在るおかげだと知っている。
目や鼻で直接知覚できないのに酸素が在ることがちゃんと分かるのが "酸素が見えている" 状態だ。
自分の呼吸を意識すると酸素が取り込まれて二酸化炭素が排出されているのが感じられる。密閉された容器の中で火が燃え尽きるのを見ると酸素が無くなったからだと理解できる。
これがもし未就学児なら、多くの子は酸素の存在を知らない。
「呼吸ができるのは何故」「火が燃えるのは何故」といった問いに向き合ったことがないので、そのような経験や現象を通して酸素の存在を感じることも難しい。
ここで云う "酸素" は一つの事例にすぎない。
重要なのは人は知識や経験によって "直接見えないもの" の存在を認識できるということだ。
学習によって見えるものの範囲が広がる
技術者として飯を食っていくなら、"一般の人には見えてないもの" が見えている状態は重要だ。
インターネットを利用しているだけのユーザーは、世界のどこかでサーバーが応答を返していることを知らないかもしれない。
DNS が名前解決していることや、CDN がちょっと古いコンテンツ (キャッシュのことだ) を返していることや、DBMS が膨大なデータの中から必要なデータを探していることをを知らないかもしれない。
それらを知らなくてもインターネットを通じてサービスを享受できるのもすごいことだが。あなたがもし IT に関わる技術者なら、それらが見えていない状態では困る。
見えないものを見えるようになるステップは酸素のときと同じ、
- "見えないもの" が関わる現象を目にして認識する
- その現象がどのような仕組みで起こるのか知識を得る
- 現象と知識を通じて "見えないもの" の存在を認識する
DNS を例に具体的に書くとこんな感じ、
- 自分でドメインとサーバーを取得して繋いでみる
- 取得したドメインでサイトが見えることや、dig コマンドで A レコードが引けることを確認する
- どのような仕組みで名前解決されているのかを座学で学ぶ
このようなステップを経て、ブラウザに URL を打ち込んでサーバーにたどり着く様子が見えるようになる。
強烈な学習法 - 窒息
もう一つ酸素が見えるようになるための強烈な学習法があって。それは窒息することだ。
不自由なく呼吸できてる状態で酸素を意識するのは難しい。
もし密室で呼吸ができなくなり窒息して苦しめば、いかに酸素が身体を正常な状態に維持していたか体感できるかもしれない。
再び DNS の例で云うと、ドメインを失効したりゾーン情報を間違えたりしてサービスを停止させれば強制的にその存在が見える可能性が高い。
(ただし、窒息してそのまま死んでしまわないように注意が必要だ)
見えなくするために頑張る技術者と見えるように頑張る技術者
実は多くの技術者が "見えなくする" ために日々頑張っている。
煩雑で定型的な作業を意識しなくて済むようにさまざまな事の自動化を進められている。
その結果として意識しなくても済むものが増えると、いろいろなものが見えなくなっていく。
面倒なことはマシンの裏に隠されて、どんどん無色透明になっていく。
一方で、技術者は見えなくなっていくものたちを見えるように日々学習している。
学習は (目の前に在るにもかかわらず) 見えていないものを見えるようになるためにすると云っても過言ではないだろう。
もちろん教育においても重要
自己学習だけでなく教育する立場からも酸素が見えるように導くことは重要だ。
人によって習熟度によって見える範囲は異なっている。学習者が見えていないものを明らかにして見えるように導くことは大きなステップになる。
対象が見えてしまえば、学習者は自分なりの学習を進めやすくなる。